東京高等裁判所 平成10年(行ケ)37号 判決 1999年3月02日
フランス国
ブーローニュ セデックス 92648、ケ アー ル・ガロ 46
原告
トムソン チューブズ アンド ディスプレイズ ソシエテ アノニム
代表者
アーウィン エム クリットマン
訴訟代理人弁理士
伊東忠彦
同
片山修平
同
湯原忠男
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官伊佐山建志
指定代理人
岡田幸夫
同
江藤保子
同
田中弘満
同
廣田米男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第21121号事件について平成9年9月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2の項と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1985年12月17日にフランス国においてした出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「陰極線管用低電力消費電子銃」とする発明について昭和61年12月17日に特許出願(昭和61年特許願第301151号)をしたところ、平成7年6月2日に拒絶査定を受けたので、同年10月2日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第21121号事件として審理した結果、平成9年9月25日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成9年10月15日に原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。
2 本願発明の特許請求の範囲7の項(以下「本願発明」という。)
円筒状のスリーブの末端部に放射面を備えるカソードを有し、該スリーブ内に高抵抗ワイヤー及び電源接続用端子を含むフィラメントを収容する陰極線管用電子銃のための加熱要素の製造方法であって、
高抵坑ワイヤーの直径より大きい直径を有する低い抵抗を有する金属ワイヤーから作製された芯線上に高抵抗ワイヤーの複数の単位巻きを巻回し、多くても2巻のらせん状の動作巻きにより形成された加熱動作部分と該加熱動作部分から直接延出した上記端子を高抵抗ワイヤーが巻回された芯線により形成し、各々の動作巻きに巻回された単位巻きを絶縁し、該動作巻き内の芯線のみを除去することにより芯線を上記端子内に保持すると共に芯線が残された部分において上記高抵抗ワイヤーの単位巻きを短絡させることを特徴とする製造方法。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別添審決書の理由の写のとおりである(ただし、4頁8行目の「ニータ」は「ヒータ」の、同11行目の「108」は「103」の各誤記と認める。)。以下、審決と同様に、特開昭55-133726号公報を「引用例1」、特開昭55-59630号公報を「引用例2」、特開昭54-12254号公報を「引用例3」という。引用例1については別紙図面2を、引用例2については同3を各参照。また、実開昭60-7144号公報のマイクロフィルムを甲第8号証刊行物という。
4 審決の取消事由
審決の理由1は認める。同2のうち、引用例2の記載事項(4頁末行ないし5頁4行)は争い、その余は認める。同3のうち、5頁11行ないし15行目の「であり、」までは不知、同行目の「また、」から6頁3行までは認め、その余は争う。同4、5は争う。
審決は、引用例1記載の発明の技術内容を誤認して「動作巻き内の芯線のみを除去すること」についての一致点の認定を誤り、また、引用例2記載の発明の技術内容を誤認した上、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(「動作巻き内の芯線のみを除去すること」についての一致点の認定の誤り)
ア 引用例1記載の発明のヒータは、「脚部が前記溶剤外に位置するように前記溶剤内に前記芯線、前記加熱線および前記絶縁層を浸漬し、前記絶縁層に多数存在する気孔群から侵入した前記溶剤によって前記溶剤の液位より下方に存在する前記芯線を溶解させる」ものである。引用例1にはどの位置まで浸漬するかについて明確な記載はないものの、引用例1記載の発明は、「熱容量の小さい脚部(103)の先端部が溶断する事故も経験しているところである。そこでこの種ヒータの信頼性を高める目的」(2頁左上欄17行ないし20行)とする従来の発明とほぼ同じ目的で「脚部に補強芯を備えた」(2頁左下欄4行ないし5行)ものであるから、脚部の先端にだけ芯線が残るように浸漬すればよい。また、引用例1の特許請求の範囲の記載も、芯線が除去される絶縁層を「脚部の先端部を残して絶縁層を吹付法によって塗布し」とあるから、引用例1記載の発明では、「先端部」を残して浸漬すれば足りることが窺い知れる。
その結果、引用例1記載の発明のヒータは、別紙図面2の第2図を拡大した別紙図面4の第4図に示すように、補強芯106が脚部の先端にのみ存在するものであって、ダブルヘリカル部分と補強芯との間にLの部分、すなわち、補強芯の存在しない部分がある。つまり、引用例1記載の発明は、モリブデンがダブルヘリカル部以外の「Lの部分」においても除去されており、「動作巻き内の芯線のみを除去する」ものではないのである。
イ 引用例1に記載されたヒータは、動作巻き内の芯線のみを除去したものではないことから、放熱部分から極めて遠い端子の一部(L部分)でも発熱しており、その結果、電子放射に関係しない無駄な電力を消費する。また、端子部分に芯線の存在しない部分(L部分)があるため、端子の強度は弱い構造である。
一方、本願発明は、動作巻き内の芯線のみを除去している。その結果、端子部では、低い抵抗の芯線が発熱作用を有する高抵抗ワイヤーを短絡しているので、端子部における不要な発熱はなく、無駄な電力消費は生じない。また、端子部にはすべて芯線があるため、端子の強度は強い構造である。
ウ 以上のとおり、引用例1記載の発明は「動作巻き内の芯線のみを除去する」ものではないから、これを一致点とした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(相違点の判断誤り)
ア 審決は、引用例2の第1図にはダブルヘリカル部分を2巻にしたものが図示されていると認定しているが、それは誤りである。
(ア) そもそも、らせん巻きにおける「1巻き」は、中心となる線に対して、360度巻回した状態をいう。別紙図面4の第1図は、本願明細書の記載に基づき、合理的な推測を交えて、本願発明の巻き数を図示したものである。
(イ) ダブルヘリカルは、見る面により、その様相を異にする。引用例1の第1図及び第2図、引用例3の第10図の面(以下、この面を「正面」という。)と、引用例2の第1図並びに甲第8号証刊行物の第2図及び第4図の面(以下、この面を「側面」という。)の二つの面がある。
このうち、正面図は、ダブルヘリカル部分のトップを線状に見る角度であり、らせん巻きは、トップの線の両端から開始される。したがって、トップの線状部分は巻きの回数には貢献しない部分である。本願発明のものは、正面図のものであるから、巻き数はトップの線状部分を外して数える。
一方、側面図は、ダブルヘリカル部分のトップを点状に見る角度で、らせんはトップから直ちに巻きを開始する。この場合、トップから直ちに二つの反対向きのらせんの巻きが開始されることから、先が尖った形状となる。
(ウ) 引用例2第1図(a)のものは、これに対応する参考図である別紙図面4の第2図のとおり、その形状からして明らかに側面図のものである。したがって、巻き数はダブルヘリカルの頂点から数える。
引用例2第1図(a)のヒータは、別紙図面4の第2図から明らかなとおり、a、b二つの巻き線を有している。巻き線aは、X点からE点、F点、G点(J点の裏側)を介してY点に至る。巻き数をみると、X点からG点で1巻きを形成し、G点からY点で、4分の1巻きを形成している。同じく、巻き線bは、X点からH点、I点、J点を介してZ点に至る。巻き数をみると、X点からJ点で1巻きを形成し、J点からZ点で、4分の1巻きを形成している。したがって、二つの巻き線a、bの巻き数は、全体として2.5巻きである。
イ また、甲第8号証刊行物第4図のものも、これに対応する参考図である別紙図面4の第3図のとおり、先が尖った形状からして側面図であるから、巻き数はダブルヘリカルの頂点から数えることになり、2.5巻きである。同様に、同刊行物第2図のものも3.5巻きである。
したがって、甲第8号証刊行物の第2図には3巻きに、第4図には2巻きにしたものが図示されているとの審決の認定も誤りである。
ウ また、特許願書添付図面の記載は、設計図面とは異なり、図面作成上の都合で簡単化・省略化されるのが常である。したがって、引用例2等に巻き数に関する具体的な技術的意義についての記載がない以上、その図面上に記載があるとしても、本願発明のようなダブルヘリカル巻きの巻き数を特に問題としている発明に対する引用例の地位に立ち得ない。
エ 引用例2には、審決の認定した「このヒータは速動型で、かつ省電力化指向のため、第1図(a)で示すようにダブルヘリカル状に形成される。」との記載がある。しかし、この記載は、速動型で、かつ、省電力化指向のためにダブルヘリカル状に形成することを示しているにすぎない。すなわち、引用例1記載の発明での「速動性及び省電力であること」は、ヒータの動作巻き数に関して述べているものではない。したがって、それを根拠に「多くても2巻のらせん状の動作巻きとすることは」容易であるとした審決は論理に飛躍があり、その判断は失当である。
また、一般に、巻き数を少なくすると加熱時間が長くなり、「カソード加熱時間の短い」低電力消費電子銃とはならないし、巻き数を多くすると高電力消費となり、カソード加熱時間の短い「低電力消費」電子銃とはならない。本願発明は、その両立する点を見出したものである。つまり、本願発明は、本願発明のフィラメントを用いると、カソードの加熱時間の増大及び温度の低下等の動作上の不都合を起こさずに、「電力消費は、このようにして形成したフィラメントを用いると非常に少なくなることが分かった。」(本願明細書5頁15行ないし17行)という新規な知見に基づくものであるから、そのような知見のない各引用例から容易に想到し得たとすることはできない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当である。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
引用例1には、「ヒータ(111)の脚部(103)となるべき部分をクリップ(109)で挟み持ち蔭極加熱部(102)となるべき部分を下方に垂らし、混酸溶液(107)内に陰極加熱部(102)を浸漬する。この時脚部(103)はクリップ(109)とともに混酸溶液(107)外に置かれる。前述した如く吹付法によって得た絶縁層(105)には絶縁層を貫通して多数の気孔群が存在するため、混酸溶液(107)が気孔群へ侵入し陰極加熱部(102)内にあるモリブデン芯線と直接接触しモリブデンの溶解は支障なく進行してモリブデン芯線は溶出する。一方混酸溶液(107)の液位より上方に位置する脚部(103)内にあるモリブデン芯線は溶出せずに残る。」(3頁左上欄7行ないし19行)と記載されている。そして、また、引用例1には、「陰極加熱部(102)と脚部(103)を構成する加熱線(104)として用いる細いタングステン線を螺旋状に巻回します。1次巻きをした後、さらに第1図に示す形状のように2次巻きを施して陰極加熱部(102)を形成することによって得られる。このことから第1図に示す形状のものはダブルヘリカル型といわれる。」(1頁右下欄9行ないし15行)との記載があるから、引用例1記載の発明において、陰極加熱部はダブルヘリカルコイルからなることが明らかである。
したがって、引用例1記載の発明において、混酸溶液内に浸漬し、芯線を除去するのは、脚部(103)を除く、らせん状の動作巻きにより作成された加熱動作部分に相当する「陰極加熱部のみ」ということになり、脚部の先端だけではなく、脚部にはすべて芯線が残るものである。
(2) 取消事由2について
ア(ア) 一般的ならせん巻きにおける「1巻き」は、原告主張のとおり、中心となる線に対して360度巻回した状態をいう。しかし、本願発明は「2巻のらせん状の動作巻き」(特許請求の範囲7の項の記載)と規定しているのみであり、この動作巻きの巻き数のカウント方法は、前記した一般的な「らせん巻き」のカウント方法とは異なるものである。
別紙図面4の第1図は、別紙図面1のFIG-1とは、特に、高さhの範囲及び巻き部21、22の形状が相違しており、このような異なる図面に基づく動作巻きの巻き数のカウント方法は、本願発明における動作巻きの巻き数のカウント方法としては採用するべきではない。
(イ) 本願発明の動作巻きの巻き数のカウント方法については、明確に「定義」はされていないが、本願明細書及び図面の記載からみて、らせん状の動作巻き「1巻き」とは、別紙図面1のFIG-1の動作部分の頂部から右と左にワイヤーを巻き始め両者が正面視(端子23、24を距離dを隔ててみる状態)で交差したとき、らせん状の動作巻きを1巻き(図面の巻き部21)とカウントし、さらに巻き続け、再度正面視(端子23、24を距離dを隔ててみる状態)で両者が交差したとき、らせん状の動作巻きをさらに1巻き(図面の巻き部22)とカウントするものである。すなわち、本願発明においては、巻き部21、22の「一つの円形」を1巻きとするものである。
したがって、本願発明における「動作巻き」は頂部部分(トップの線状部分)を含んだカウント方法を採用するのが妥当である。
(ウ) そして、引用例2に関して、本願発明のらせん状動作巻きのカウント方法をとれば、引用例2の第1図(a)のものは、2つの円形を持っているから2巻きであり、甲第8号証刊行物の第2図のヒータは3巻き、第4図のヒータは2巻きである。
イ 原告は、特許願書添付図面の記載は、設計図面とは異なる旨主張しているが、本件においては、精密な寸法、比率を抽出して技術的事項を認定するのではなく、記載図面の全体から外観、形状を認定しているものであるから、原告の主張は当を得ない主張である。
ウ 引用例2には、「このヒータは速動型で、かつ省電力化指向のため、第1図(a)で示すようにダブルヘリカル状に形成される。」(2頁左上欄4行ないし6行)と記載され、第1図(a)に2巻きのらせん状の動作巻きとしたものが示されている。また、引用例3にも、「ヒータについては速動性の面からできるだけ集中加熱する必要があるが、製造上からの制約を受ける。(中略)第11図はコイル長(l2)と出画時間との関係を示したもので出画時間を6秒以下とするためには最大2.8mmをこえないようにする。一方コイルの製造限界は最小1mmである。」(2頁左下欄20行ないし右下欄7行)とし、ダブルヘリカルコイル部の長さを短くすること、すなわち、コイル巻き数を少ない巻き数とすることが示唆されている。
このように、ダブルヘリカルコイル部を2巻きあるいは3巻きと比較的少ない巻き数にすることは、従来より普通に知られていることにすぎない。
そして、陰極線管用ヒータにおいて、速動性省電力であることが一般的な技術的課題であることを考えると、本願発明のようにフイラメントの加熱動作部分を多くても2巻きのらせん状の動作巻きとするととは、当業者が必要に応じて適宜採用し得た程度のことにすぎない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
甲第2(本願明細書)、第4号証(平成7年10月31日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 本願発明は、陰極線管用電子銃、さらに詳しくいえば、カラー受像管用電子銃に関する。
テレビ受像機は、家庭用電気器具であって、電力消費が少ないことが好ましい。このような電気器具では、電力の1部分は陰極線管の電子銃、さらに詳細には、カソードの加熱フィラメントによって消費される。なお、テレビ受像管は大量生産されるので、電力消費の減少を実現させるために製造工程を従来よりも複雑にしてはいけない。また、電力消費の減少によって、カソードの加熱時間の増大若しくはその温度の低下等の動作上不都合なことを引き起こしてはならない。
本願発明は、製造が簡単でカソード加熱時間の短い低電力消費電子銃を提供するものである。(本願明細書4頁2行ないし16行)
2 本願発明は、特許請求の範囲7の項の構成を備えるものである(手続補正書3頁下から6行ないし4頁4行)。
3 端子が短絡されていると、電力は加熱される面に近接した位置にあるらせん形ワイヤー巻き部で消費されるだけである。さらに、らせん巻き部の巻回数は多くとも2つに減らされているので、加熱フィラメントから放射面への距離は最小になり、熱損失が減少する。ワイヤーをらせん形にしたことによって、小さな体積で大きな熱抵抗が生じ、しかも損失が減少する。また、電力消費は、このようにして形成したフィラメントを用いると非常に少なくなることが分かった。しかも、加熱されるカソードの断熱を行わない場合にである。(本願明細書5頁8行ないし下から3行) 本願発明の別の利点は、加熱フィラメントの端子が堅いこと、端子にはんだ付けしやすいこと、端子の電気抵抗がその長さとは無関係なことである。(同6頁3行ないし5行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1) 甲第5号証(引用例1)によれば、引用例1には、「陰極加熱部(102)と脚部(103)を構成する加熱線(104)として用いる細いタングステン線を螺旋状に巻回します。1次巻きをした後、さらに第1図に示す形状のように2次巻きを施して陰極加熱部(102)を形成することによって得られる。このことから第1図に示す形状のものはダブルヘリカル型といわれる。」(1頁右下欄9行ないし15行)、「ヒータ(111)の脚部(103)となるべき部分をクリップ(109)で挟み持ち陰極加熱部(102)となるべき部分を下方に垂らし、混酸溶液(107)内に陰極加熱部(102)を浸漬する。この時脚部(103)はクリップ(109)とともに混酸溶液(107)外に置かれる。前述した如く吹付法によって得た絶縁層(105)には絶縁層を貫通して多数の気孔群が存在するため、混酸溶液(107)が気孔群へ侵入し陰極加熱部(102)内にあるモリブデン芯線と直接接触しモリブデンの溶解は支障なく進行してモリブデン芯線は溶出する。一方混酸溶液(107)の液位より上方に位置する脚部(103)内にあるモリブデン芯線は溶出せずに残る。」(3頁左上欄7行ないし19行)との記載があることが認められ、以上の事実によれば、引用例1記載の発明のヒータは、陰極加熱部と脚部から構成され、陰極加熱部はダブルヘリカルコイルの加熱動作部分からなること及び引用例1記載の発明においては、脚部は混酸溶液外に置かれているために芯線が除去されずに残り、芯線が除去されるのは動作巻き内のみであることが認められる。
(2) もっとも、甲第5号証によれば、引用例1の第2図には、脚部(103)の一部、すなわち、別紙図面4の第4図のLに相当する部分に補強芯(106)が存在しないように図示されている記載があることが認められる。しかし、上記第2図は願書添付図面であって概略を示す図であるから、上記記載をもって前記認定を左右するに足りる証拠ということはできない。
(3) なお、後記認定のとおり、本願発明の巻き部とは、平面的に見たときに、2つの加熱フィラメントが閉じられた円を形成する状態であることを意味すると認められるところ、別紙図面4の第4図のヒータのうち、Lの部分は、すべて同図において2つの加熱フィラメントが形成する閉じられた円の下側(外側)にあるから、原告はこれを脚部と主張するものと解される。しかし、後記2(1)の認定のとおり、本願発明の巻き部とは、平面的に見たときに、2つの加熱フィラメントが閉じられた円を形成する状態であること以上の意味を持つものとは解しがたいところ、同図のヒータを横方向から見た場合には、L部分のうちの上部(曲がったように記載されている部分)は、平面図では、2つの加熱フィラメントが形成する閉じられた円の一部となるから、結局、上記上部は、本願発明における巻き部とみることもできる。そして、上記上部が巻き部とすれば、補強芯が存在しないとしても、「動作巻き内の芯線のみ」が除去されていることと矛盾しない。したがって、上記上部に補強芯が存在しないとしても、そのことをもって、引用例1記載の発明が本願発明と異なるということはできないものである。
2 取消事由2について
(1) まず、本願発明の「2巻」について検討するに、甲第2号証によれば、本願明細書には、巻き数の数え方ないし巻き部についての定義の記載はなく、「2つのらせん形ワイヤー巻き部を形成し」(6頁12行ないし13行)、「加熱フィラメント14は、2つの巻き部21、22を有する動作部分20と電流を流すための端子23、24によって構成される。」(8頁12行ないし14行)、「加熱フィラメント14の動作部分20の高さh、すなわち2つの巻き部21、22が拡がっている長さは1.2mmである。」(9頁下から4行ないし2行)との記載とともに、別紙図面1のFIG.1が図示されていることが認められ、以上の事実によれば、本願発明の「2巻」とは、平面的に見たときに別紙図面1のFIG.1の巻き部21、22の2つの円を有することを意味するものと認められる。しかしながら、加熱フィラメントは2つのらせん形をした3次元的なものであるから、平面図で表現したときには、見る方向によって巻き部22の下方の交点(2つの加熱フィラメントが交わるように見える場所)が変わり、その結果、動作部分の高さ、すなわち、2つの巻き部21、22が拡がっている景さhも、巻き部22の下方の交点よりも下にあるらせん部分の長さ(円を形成していない曲線部分)の長さも変動するものである。
そして、本願明細書には巻き部の定義についての記載はなく、かつ、別紙図面1のFIG.1も、どの角度から見たものであるかは判然としないから、結局、本願発明においては、平面的に見たときに円を形成していない巻き数、すなわち、1巻きに足りない0.5巻き等の巻き数を定義することはできないものといわざるを得ない。したがって、本願発明の巻き部とは、平面的に見たときに、2つの加熱フィラメントが閉じられた円を形成する状態であること以上の意味を持つものとは解しがたいのである。
この点に関して、原告は、別紙図面1のFIG.1は別紙図面4の第1図と同一であり、それらがいずれも引用例1の第1図(別紙図面2の第1図)と同じ方向から見た図であることを前提として、別紙図面4の第1図のhまでが巻き部である旨主張する。しかし、図面が正確なものではなく、概略を表現していることを前提としても、別紙図面2の第1図は、加熱フィラメントの頂部がらせんの幅と同じ長さの直線状となっているのに対して、別紙図面4の第1図は巻き部21の頂部の直線はらせんの幅よりも相当短いし、また、別紙図面1のFIG.1も巻き部21の頂部がらせんの幅と同じ長さの直線状とは認めがたい。したがって、別紙図面2の第1図と別紙図面1のFIG.1及び別紙図面4の第1図が同じ方向から見た図であると認めることはできないから、原告の主張は採用できない。
また、原告は、らせん巻きにおける「1巻き」は、中心となる線に対して、360度巻回した状態をいうと主張するが、前認定に係る本願明細書及び願書添付図面の各記載に照らせば、本願発明について上記定義を採用することはできない。
(2) 次いで、引用例2の第1図(a)のヒータのダブルヘリカル部分の巻き数について検討するに、甲第6号証(引用例2)によれば、同ヒータは、平面的に見たときに、2つの加熱フィラメントが2つの閉じられた円を形球する状態であることが認められるから、その巻き数は2巻きであると認められる。また、同様に、甲第8号証によれば、甲第8号証刊行物の第2図及び第4図のヒータは、加熱部がそれぞれ3巻き及び2巻きであることが認められる。
(3) 原告は、特許願書添付図面の記載は、簡単化・省略化されるのが常であるから、引用例2等に巻き数に関する具体的な技術的意義についての記載がない以上、その図面上に記載があるとしても、本願発明のようなダブルヘリカル巻きの巻き数を特に問題としている発明に対する引用例の地位に立ち得ないと主張する。しかし、引用例2及び甲第8号証刊行物の図面には、加熱部が2巻きないし3巻きのヒータが図示されているのであるから、その精密な寸法や比率の正確性はともかく、巻き数が2巻きないし3巻きというような大まかな形状を無視することはできない。したがって、引用例2及び甲第8号証刊行物には、加熱部が2巻きないし3巻きのヒータが記載されているというべきであって、引用例2及び甲第8号証刊行物に巻き数に関する具体的な技術的意義についての記載がないことは上記認定を左右するものではない。
(4) 原告は、引用例2の「このヒータは速動型で、かつ省電力化指向のため、第1図(a)で示すようにダブルヘリカル状に形成される。」との記載は、ヒータの動作巻き数に関して述べているものではないから、これを根拠として多くても2巻きのらせん状の動作巻きとすることは容易であるとした審決の判断は失当であると主張する。
しかし、甲第6、第7(引用例3)、第8、第9号証(特開昭60-7034号公報)によれば、本出願当時、ヒータのフィラメントのダブルヘリカルコイルを2巻きにすることも含めて、比較的少ない巻き数にすることは周知であったことが認められるから、ヒータのフィラメントの加熱動作部分を2巻きのらせん状の動作巻きとすることは容易であったといわざるをえない。
また、原告は、本願発明のフィラメントを用いると、カソードの加熱時間の増大及び温度の低下等の動作上の不都合を起こさずに、電力消費が非常に少なくなるという新現な知見に基づくものであり、そのような知見のない各引用例からは容易に想到し得たとすることはできない旨主張する。
しかし、カソードの加熱時間の増大及び温度の低下等の動作上の不都合を起さないことは、換言すれば、速動性の向上であるところ、甲第6号証によれば、引用例2には、フィラメントのダブルヘリカルコイルが2巻きであるヒータ及びこのヒータは速動型で、かつ、省電力化指向であることが開示されていることが認められ、上記事実によれば、陰極線管用ヒータにおいて、速動性及び省電力を目指すことは新規な技術的課題ではなく、かつ、そのためにコイルの巻き数を決めることは設計的事項であって、これによる作用効果も格別顕著ではないものと認められる。したがって、原告の主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、本願発明は引用例1記載の発明及び従来周知の技術事項から当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張の違法はない。
第4 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年2月16日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
<省略>
図面の簡単な説明
第1図は、本発明の電子銃のカソード及びフィラメントの概略図であり、
第2図は、第1図に示したフィラメントの接続端子部分の概略図であり、
第3図は、第1図に示した加熱フィラメントのちせん部分の一部の拡大略図であり、
第4図は、フィラメントの製造の1段階を示す図であり、
第5図は、カラー受像管用の電子銃の縮小概略図である。
(主な参照番号)
10・・放射面、 11・・支持部材、
12・・コーティング、 13・・スリーブ、
14・・加熱フィラメント、
21、21・・巻き部、 23、24・・端子、
25・・芯線、 26・・ワイヤー、
28・・ニードルマンドレル、
30・・単位巻き、 31・・ハウジング部、
32、33・・フレーム、 34・・端子
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>
別紙図面4
<省略>
<省略>
理由
1、手続の経緯・本願発明
本願は、昭和61年12月17日(優先権主張日1985年12月17日仏国)に出願したものであって、その発明の要旨は、平成7年10月31日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項乃至第7項に記載されたとおりのものと認められるところ、その第7項に記載された発明は次のとおりである。
「(7)円筒状のスリーブの末端部に放射面を備えるカソードを有し、該スリーブ内に高抵抗ワイヤー及び電源接続用端子を含むフィラメントを収容する陰極線管用電子銃のための加熱要素の製造方法であって、
高抵抗ワイヤーの直径より大きい直径を有する低い抵抗を有する金属ワイヤーから作製された芯線上に高抵抗ワイヤーの複数の単位巻きを巻回し、多くても2巻のらせん状の動作巻きにより作成された加熱動作部分と該加熱動作部分から直接延出した上記端子を高抵抗ワイヤーが巻回された芯線により形成し、各々の動作巻きに卷回された単位巻きを絶縁し、該動作巻き内の芯線のみを除去することにより芯線を上記端子内に保持すると共に芯線が残された部分において上記高抵抗ワイヤーの単位巻きを短絡させることを特徴とする製造方法。」(以下「本願発明」という)
2、各引用例の記載内容
これに対して、当審における拒絶の理由に引用された本願出願前に国内において頒布された特開昭55-133726号公報(以下、「引用例1」という)には、「芯線の上に加熱線を螺旋上に巻回したものを加熱部と脚部を備える形状に形成し、前記脚部の先端部を残して絶縁層を吹付法によって塗布し、前記絶縁層に焼結処理を施し、前記芯線を選択的に溶解出来る溶剤を用意し、前記脚部が前記溶剤外に位置するように前記溶剤内に前記芯線、前記加熱線および前記絶縁層を浸漬し、前記絶縁層に多数存在する気孔群から侵入した前記溶剤によって前記溶剤の液位より下方に存在する前記芯線を溶解させる工程を含み溶解されずに前記脚部に残された前記芯線を補強芯として備える電子管用ヒータの製造方法。」(公報の特許請求の範囲の記載を参照)が記載されており、その加熱部と脚部の構造に関して「この発明は電子管に用いる傍熱型陰極用ヒータの製造方法に関する。従来、電子管たとえば陰極線管に用いられているニータには第1図に示される構成のものが多用されている。第1図を参照して、ヒータ(101)は、基本的には、陰極加熱部(102)と脚部(108)を構成する加熱線(104)として用いる細いタングステン線を螺旋状に卷回します。1次巻きをした後、さらに第1図に示す形状のように2次巻きを施して陰極加熱部(102)を形成することによって得られる。このことから第1図に示す形状のものはダブルヘリカル型といわれる。」(公報1頁左下欄18~右下欄15行)と記載され、また、芯線としてモリブデン線が選択されていることが示されている。
また、特開昭55-59630号公報(以下「引用例2」という)は、本願発明と同様の陰極線管に用いられるダブルヘリカルコイル状ヒータに関するもので、その第1図にはダブルヘリカル部分を2巻にしたものが図示されている。
更に、特開昭54-12254号(以下「引用例3」という)は、同じく陰極線管用陰極構体に関するもので、その第10図にはダブルヘリカル状に巻いたコイルヒータのダブルヘリカル部分を3巻にしたものが示されている。
3、対比
そこで、本願発明と引用例1に記載のものとを対比すると、引用例1の電子管用ヒータも、その末端部に放射面を備えるカソードを有した円筒状のスリーブ内に収容して用いられることは明らかであり、また、本願発明においては芯線としてモリブデン製、ワイヤーとしてタングステン製を使用しており、引用例1においても芯線としてモリブデン線、加熱線としてタングステン線を使用しているので、本願発明の「高抵抗ワイヤー」および「高抵抗ワイヤーの直径より大きい直径を有する低い抵抗を有する金属ワイヤーから作製された芯線」が引用例1の「加熱線」および「芯線」にそれぞれ相当するので、両者は、
「円状のスリーブの末端部に放射面を備えるカソードを有し、該スリーブ内に高抵抗ワイヤー及び電源接続用端子を含むフィラメントを収容する陰極線管用電子銃のための加熱要素の製造方法であって、
高抵抗ワイヤーの直径より大きい直径を有する低い抵抗を有する金属ワイヤーから作製された芯線上に高抵抗ワイヤーの複数の単位巻きを卷回し、らせん状の動作巻きにより形成された加熱動作部分と該加熱動作部分から直接延出した上記端子を高抵抗ワイヤーが巻回された芯線により形成し、各々の動作巻きに巻回された単位巻きを絶縁し、該動作巻き内の芯線のみを除去することにより芯線を上記端子内に保持すると共に芯線が残された部分において上記高抵抗ワイヤーの単位巻きを短絡させることを特徴とする製造方法」
である点で一致し、以下の点で相違している。
本願発明においては、加熱動作部分が多くても2巻きで構成されているのに対して、引用例1のものたおいては、2巻き以上、図によると10巻きで構成されている点。
4、当審の判断
そこで、上記相違点について検討する。
引用例2には、その第1図にダブルヘリカルコイル部分を2巻きにしたものが、また、引用例3には、その第10図にダブルヘリカルコイル部分を3巻きにしたものが示されている。
更に、前審における拒絶の理由で引用された実願昭58-98824号(実開昭60-7144号)のマイグロフィルムには、その第2図には加熱部5aを3巻きに、また、第4図には加熱部5aを2巻きにしたものが図示されており、同じく引用した特開昭60-7034号公報には、その第3図において二重コイル部分を3巻きにしたものが示されている。
このように、ダブルヘリカルコイル部分を2巻きにすることも、3巻きにすることも含めて比較的少ない巻数にすることは、従来より普通に知られていることにすぎない。
そして、引用例2に「このヒータは速動型で、かつ省電力化指向のため、第1図(a)で示すようにダブルヘリカル状に形成される。」(公報2頁左上欄4~6行)と記載されているように、陰極線管用ヒータにおいて、速動性及び省電力であることが、一般的な技術課題であることを考えると、本願発明のようにフィラメントの加熱動作部分を多くても2巻のらせん状の動作巻きとすることは、当業者が必要に応じて適宜採用し得た程度のことにすぎない。
5、むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項7に記載された発明は、引用例1に記載の技術手段及び従来周知の技術事項から当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。